今田 克司

21世紀の世界観においては、社会システムにおける因果関係が縦横に交わっていたり、ネットワークによって全体が部分総和とは異なる振る舞いをすることを意識することが奨励される。そこでの評価は、適合・適応のための支援の一形態と位置付けられる。

 前項【DEの世界観は21世紀の世界観(2)~偶然生まれたDEの必然】で、DE(発展的評価)は偶発的に生み出されたと書いた。しかし実用重視の評価を1970年代から実践し、体系化していた我らがマイケルや、北米を中心とした評価論者・実践家たちは、複雑系理論やその考え方が社会科学や組織・経営論に飛び火していたのをもちろん知っていた。例えば、「厄介な問題」と訳されることの多いウィキッド問題(Wicked Problem)は、課題解決方法はおろか、そもそも何が課題なのかを定義しにくい問題と位置づけられるが、これは政策科学や経営学の分野で1970年代頃から議論されていたもので、それを評価で活用している論者もいる[1]。マイケル自身、DEの導入ではよくカネヴィン・フレームワーク(Cynefin Framework)や創発戦略論を紹介するが、前者は経営コンサルタントとして知られるデイビッド・スノーデンが1999年に考案したものだし、後者はこちらも経営学のヘンリー・ミンツバーグの組織論から引いている。これらはすべて、複雑系の世界観に立脚している。

 前稿で記したように、事象が、

  • つねに生成中であり予測困難
  • 変化が早く、しかも変化がさらなる変化を呼ぶダイナミズムをもっている
  • 非単線系の変化が起こり、原因結果の因果関係が特定できない

のとき、経営学では適応型経営( adaptive management )という概念を案出した。では評価はどうすればよいのだろうか?

 DEは手法ではない。小難しい言葉を使えば、DEは、「方法論的不可知論」( methodologically agnostic )の立場を採る。つまり、どんな評価方法が最善かは状況によって大部分決まるので、方法の優劣(定量か定性か、RCT [ランダム化比較試験] がよいのか準実験的手法がよいのか、より定性的なAppreciative Inquiry やMSC [Most Significant Change] を活用すべきなのか)を議論してもあまり意味がないという。そうではなく、DEは評価のアプローチとでも呼ぶべきもので、それには以下の特徴がある[2]

  • 形成的評価(事業改善時が中心)、総括的評価(事業終了時が中心)と異なり、事象や事業が、事業フェーズのどの段階かにあるかに関わりなく、発展・変遷・様変わり(development)の状態にある時の評価に適性がある。
  • 評価の主たる機能は、革新・適合のプロセスを見える化し、その意味合いや結果を跡付けし、変遷する状況を受けてデータにもとづく意思決定(概念整理、事業デザイン、トライアルの実施などを含む)を支援すること。
  • そのため、評価者は事業者に伴走し、長期的・継続的に、かつ必要や状況に応じた支援を提供する。
  • 評価者はできるだけリアルタイムに近い形ですばやいフィードバックが事業者に現出するように支援する。
  • 評価は「中立的」評価にとどまらず、介入の一部となる。

 つまり、DEは、きわめて状況適応型の評価であり、DE評価者には、場面場面での適合・適応能力の高さが求められる。そこでの評価は、事業者が必要な場面で的確に適合・適応できるための支援の一形態となる。

 20世紀までの世界観においては、物事の根本原因を突き止め、そこに処置を施すことによって事象の改善がなされる。評価は因果関係の立証そして原因への働きかけのために使われる。一方、複雑な世界においては、根本原因を突き止めようとすることよりも、社会システムにおける因果関係が縦横に交わっていたり、ネットワークによって全体が部分総和とは異なる振る舞いをすることを意識することが奨励される。だからこそ評価は、そういった振る舞いを見える化し、それに適合・適応するための支援の一形態として位置付けられるのだ。

[1] 例えば、Bob Williams and Sjon Van’t Hof (2014, 2016), Wicked Solutions: A Systems Approach to Complex Problems. ボブは、日本のソーシャルセクターの評価コミュニティを対象にCSOネットワークが2019年2月に企画した「システム思考と評価ワークショップ」で講師をつとめてくれた。
[2] マイケル・クィン・パットン氏が2017.7.19-20 にワシントンDCで行ったTEI (The Evaluators Institute)での研修教材、“Developmental Evaluation: Systems Thinking and Complexity Science” ほかより、筆者まとめ。CSOネットワークの2017-18年度「伴走評価エキスパート」研修事業資料より改訂。