千葉 直紀

我々は、何か問題が起ったときにどこかに原因を求めたくなるものだが、DEが向き合う“複雑な世界”は、それが通じない世界だと言われている。見えやすい犯人探しをする考えを手放し、背後にある“見えにくいシステム”を見る努力をし、いかに“複雑な世界”に付き合っていく姿勢を持てるかが重要となる。

 DE(発展的評価)が向き合う “複雑な世界”について、これがどんな性質をもった世界なのか、そして我々はその世界の中でどう処することができるかについて考えたい.

 みなさんの目の前に現れる“困っている人”、そして日々ニュースなどで流れている社会的な問題として取り上げられる “困った状態”を考えてみてほしい。例えば、親による子どもへの虐待の問題、母子家庭や高齢世帯の貧困の問題、学校でのいじめの問題など。これらの問題には誰もが心が痛む。このような問題が起こる原因は、もちろん被害者の人たちに非があるわけでもなく、また特定の加害者だけが悪いわけでもないかもしれない。

 こういった残念なことが起こるのは、その背後にこのようなことを生み出すシステムがあり、そのシステムが様々な作用をした結果、上記のような社会的な問題が顕在化したと言えるだろう。言い換えるならば、目の前の“困った人”や“困った状態”は氷山の一角であり、その水面下に全貌が見えないくらいのものすごく大きな氷塊が隠れている.

 その大きな氷の塊こそが、我々の目の前に現れる現象の背後に隠れた見えないシステムであり、このあまりの大きさ、実態の見えなさが“複雑な世界”の難しさと言えるだろう。

 “複雑な世界”で、我々がとるべきスタンスを示すならば、

「もう特定の犯人さがしはやめよう」

ということだと筆者は考える。

 問題が起きる原因を、わかりやすい犯人に求めることなく、その背後にある“見えづらいシステム”や“複雑な世界”を見る努力をして、そこに向き合い続けるというスタンスを取るしかないということだ。

“複雑な世界”を考える一歩目として、“状況の分類”を考えてみよう。

DEでは、状況を次の3つに分類して紹介している※。

①単純(simple)な状況
 物事の因果関係などの仮説が立てやすく、レシピがあればものごとが簡単に再現できる世界。お菓子や料理や簡単なおもちゃなど、きちんとしたレシピやマニュアルがあれば誰でも精度高く再現できるような世界だ。

②煩雑(complicated)な状況
 難度が高いが、③で紹介する“複雑性が低い”という状況。例えば、時計や自動車、ロケットなどの機械を思い浮かべてほしい。これらはパーツ(要素)に分解して分析することで構造が明らかになり、一度分解しても詳細なマニュアルがあれば再び組み立てることができる。故障したら分解して、その原因を突き止めることもできるだろう。“煩雑な状況”には、厳密な方程式やしっかりとした計画、すなわちロジックがあれば、対応することができる。目標を立て、現実とのギャップを捉えて目標達成までのタスクを細分化し、計画を立てるプロジェクトマネジメントは、この煩雑な状況への対応の一例といえるだろう。

 一方で、実際の世界、みなさんの身の回りに起こっている様々な現象やニュースなどで流れる社会的な問題はどうだろうか? 上記の①や②とは異なるのではないだろうか?

みなさんの頭の中に思い浮かんだものは、「③複雑(complex)」な状況かもしれない。

③複雑(complex)な状況 
 DEでは、この「③“複雑な状況”」を前提としている。この世界はあまりに多くの要因が複雑に絡み合っているので、解きほぐすことが困難だ。ここでは物事が複雑に絡み合うことで生まれる“相互作用”(こっちのボタンを押すと、あっちのボタンが出てくる)、“時間的な変化”(短期的に良くなったと思っても中長期的に悪化する)などが起きる。

 「複雑な状況」では、問題は容易に解決できるものではなく、たとえある方法で一度うまくいったからといって、次も同じ方法が通じるかはわからない。よく子育てが例に挙げられるが、この「複雑な世界」に‟成功のためのレシピ“はない。子どもは唯一無二の存在であり、その子の性格や置かれた環境は一人ひとり違う。それなのに無理矢理、枠に当てはめようとしたら、グレてしまいますよね。

▲図表:状況の分類(CSOネットワーク主催『伴走評価エキスパート育成研修資料』より)▲

この 「複雑な状況」について、もう少し理解を深めるために、象徴的なイラストを2枚紹介する。

1枚目は、このイラスト。

おじさんが自分の横にある壁を「邪魔だ」といって倒している。

この後、何が起きるか、おわかりだろう。

このイラストが示唆することは、「今日の解決策が、明日の問題になる」ということ。

短期的な目線での行動が長期的な成果につながるとは限らない・・・という複雑な世界をよくあらわしていると思う。

▲図表:複雑な状況を表すイラスト①(CSOネットワーク主催『伴走評価エキスパート育成研修』資料より。元データは『システム思考をはじめてみよう』(英治出版、ドネラ・H・メドウズ (著))の表紙から)▲

2枚目は、このイラスト。

DEの生みの親であるマイケル・パットン氏の講義資料で、「群盲、象を撫でる」と、紹介されている。これは「立場によって見えているものが違う」、「部分からは、全体はわからない」ということを示唆している。

▲複雑な状況を表すイラスト②(CSOネットワークの伴走評価エキスパート育成研修資料より。元データは、Michael Quinn Patton講義スライド)▲

最近 “VUCA(ブーカ)”という言葉を耳にしたことがあるかもしれない。

Volatility(変動性・不安定さ)、Uncertainty(不確実性・不確定さ)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性・不明確さ)という4つのキーワードの頭文字から取った言葉で、まさに「複雑な世界」の状況を表すものだ。個人や組織、社会レベルにおいて、複雑で予測不能な状態――。DEは“VUCAな世界”における評価という言い方もできるかもしれない。

①~③の世界をまとめると、次のように整理できる。

常に変化する動的な世界、非線形なバックキャスティング的な思考が通じないこの“複雑な現実世界”で、事業者やコンソーシアム(事業者の集合体)はどう問題に立ち向かい、評価者はそれらの事業の価値をどう引き出していくのかが問われている。DEは評価の文脈でまさにそこを追求していると言えるだろう。

このような複雑な状況へのアプローチは、

状況を把握する →トライする →失敗して学習する →問題への理解が深まる →対応策の精度が上がる →トライする ・・・ 

つまり、常に状況把握とそれに合わせた対応をおこなうこと、トライアル・アンド・エラーをしながら組織学習のスピードを上げること、これらのサイクルを早く回していくことしかないだろう。

 この複雑な状況の拠り所になるものが2つある。それは航海する上での北極星となる“サクセスイメージ”であり、事業者の行動基準として一歩一歩を確実に踏み出すための“プリンシプル”だ。これらについては【実践⑤ プリンシプルを作ろう】で紹介しているので参考にしてほしい。

「複雑な世界」を無理に単純化しようとせず、複雑さをそのまま受け入れて向き合っていく――「複雑な世界」で生きる事業者やDE実践者はこのような姿勢を求められているように思う。

 

<備考>

※状況の分類について、詳細は「Cynefinフレームワーク」というもので紹介されており、ここでは状況が4つに分類されている。興味のある方は、参考にしてほしい。

Cynefin framework(Wikipedia)
https://en.wikipedia.org/wiki/Cynefin_framework