評価という仕事に内在している価値判断。現代社会は、その仕事の重みと、評価者がもち、実践によって普及させていく価値のあり方を問い直している。DEも含めた21世紀における評価を考える際、評価研究の先人たちが積み上げてきた評価者倫理の議論は大きな拠り所となる。
評価学の大御所、マイケル・スクリヴン(Michael Scriven)は、すでに90歳代になり、研究や教鞭の第一線から退いているが、2015年に自らの私財を投げ打って、Faster Forward Fund (FFF)という、評価研究者に小規模の助成金やフェローシップを提供するファンドを設立している[1]。次の時代の評価の要請に応えるためには評価学も進歩しなければならない。なので、評価における革新を誘発し、しかも財政的に恵まれない立場にある評価研究者にこのファンドを活用してもらおうというのが、FFFの試みだ。
引き出し【グローバル・システム・チェンジとDE】において、評価学や評価実践自体も進化してグローバルな目標達成のために力を発揮していこう、という機運があることを紹介したが、スクリヴンに言わせれば、そもそも評価という営み自体の社会的な役割は明らかなものである。
そこでのキーワードは「倫理」。評価は、その定義からも明らかなように、体系的な手法でデータ収集をし、事実特定をしたあと、価値判断を加えなければならない。価値判断を加えるという大きな仕事がある点で、評価は単なる調査とは異なり、評価者には価値中立の科学者にはない振る舞いが要求される(もっとも、科学者が価値中立というのは誤謬であることは、科学史・科学哲学の文脈で反証されているが[2])。評価によって事業や取り組みに一定の価値づけがなされるのであれば、そこには評価基準が必要だが、評価基準の適用には誤差が生じ、そこで勝負になるのが評価者がもつ倫理である。米国でも日本でも、評価学会には評価倫理規定が存在するが[3]、それだけでは十分ではない。評価者倫理の議論は、最終的には評価者が自らの内部に存在する価値の羅針盤を活用していかなければならないと教える。
スクリヴンの教えに従い、外部評価がややもすると力や資源のあるクライエントすなわち評価依頼者の意向に引っ張られがちなことに危機感を覚えた評価研究・実践者たちは、例えば2014年のヨーロッパ評価学会で集まり、変化する社会における評価の役割を捉え直した。そこで考えられたテーマが、評価はいかに公平・公正な社会に貢献しうるかである[4]。経済格差が広がり、富ばかりか権力までもが偏在し、民主主義の危機が叫ばれる時代に、評価の社会的地位を向上させ、公平・公正な社会を目指していく研究と実践を積み重ねていかなければならないと、この論者たちは説く。
その一人、Thomas Schwandtは、2018年にギリシャで開催されたヨーロッパ評価学会の大会で、基調講演者のひとりであった。筆者も聞いた講演で、氏は、「ポスト・ノーマル時代」が到来しているという時代の読みを披瀝した。すでに筆者のDEブログで紹介しているが、「ノーマル時代の評価」は、
『そもそも評価とは合理的思考を信じている
→合理的思考では、評価者が独立した立場を維持し、精緻な方法で、エビデンスの力を信じて行動すれば、正しい価値判断ができると考える
→正しい価値判断を繰り返すことによって社会は進歩していく
→評価専門家はこの意味で社会の進歩に貢献することができる。』[5]
というもので、ところがいつのまにか時代は移ってしまっているのでは?というのが彼の問いかけだった。そして、もしそうだとすれば、評価者は、中立な観察者からファリシテーターになると氏は予言している。
SDGs(持続可能な開発目標)の到来に合わせて、全世界で評価や評価者のキャパシティを向上させようとする取り組み、EvalPartners では、2015年を国際評価年と名付け、2016年から2020年までの5年間の戦略計画を発表した[6]。特に、開発途上国における評価キャパシティを高めていこうという取り組みだが、ここでも評価者の倫理や価値基準は大きな注目点になっている。その宣言文には「(評価者)は、公平、ジェンダー平等、社会正義、地球環境保護の価値観と、文化的な配慮とパートナーシップ、革新、包摂性、人権の観点を、評価において統合しなければならない」という一文が見られる[7]。
評価に価値判断という仕事がある以上、公平・公正な社会に向けた取り組みとは密接に結びついている。現代社会は、その仕事の重みと、評価者がもち、実践によって普及させていく価値のあり方を問い直しているのだ。
[2] 例えば、Thomas Kuhn, The Structure of Scientific Revolutions, 1962, University of Chicago Press., Paul Feyerabend, Against Method, 1975, New Left Books
[3] American Evaluation Association, Guiding Principles for Evaluators https://www.eval.org/p/cm/ld/fid=51
日本評価学会「評価倫理ガイドライン」http://evaluationjp.org/files/JES_Guidelines_for_the_Ethical_Conduct_of_Evaluations20121201.pdf
[4] Stewart Donaldson and Robert Picciotto (eds.), Evaluation for an Equitable Society, 2016, Information Age Publishing, Inc.
[5] http://blog.canpan.info/csonj/archive/23
[6] https://www.evalpartners.org/global-evaluation-agenda
[7] EvalAgenda2020 宣言文。https://www.evalpartners.org/sites/default/files/documents/Global%20Evaluation%20Agenda%202016-2020%20Declaration%20English.pdf