人類や霊長類の感情移入の研究、都市のサステイナビリティ、富の分配と格差、人の行動パターンと政治経済機構の進化などの研究は、いずれも研究対象を複雑系システムとして捉えることで初めて理解が進む。DEは、21世紀の世界観に依って立ち、これらの事象を評価しようと思ったときに有用になる評価のアプローチなのだ。
「私の言語の限界が私の世界の限界である」と言ったのは哲学者のヴィトゲンシュタインだが、20世紀の世界観が21世紀の世界観に転換するということは、単に、モノの見方が変わるということではない。そもそも世界をどのように知覚し、認識するかが変わることを意味する。例えば、一説では日本語には雨の呼び名が400以上あるというが[1]、言葉が存在しなければ、季節や降り方の違いで「空から水が落ちてくる」現象をそれだけたくさんの種類に区別することもできないだろう。
今日において、誰かが死亡したときに「死因は○○です」と報道されることが多いが、これは20世紀の世界観に基づいた見識になる。もちろん、身体の中の特定の部位の不具合が最大の原因で死に至るという場合も多くあるだろうが、複雑系理論の研究機関であるサンタフェ研究所[2]では、「死」という現象を「システムの崩壊」として捉えるプロジェクトを行っている。「85歳で亡くなった故人の直接の死因は心不全だが、最近肺炎をこじらせ、腰の骨折もしていた」[3]というような場合、死因を心臓という特定の内臓に帰することに、どれほど意味があるのだろうか。
サンタフェ研究所の他のプロジェクトを見てみよう。例えば、人類や霊長類の感情移入の研究(なぜ「あくびは伝染するのか」といった問いかけも含む)、都市のサステイナビリティ、富の分配と格差、人の行動パターンと政治経済機構の進化(その共依存関係)など、いずれも研究対象を複雑系システムとして捉えることで初めて理解が進む事象が見られる。
都市を複雑系システムとして捉える試みは、異なる研究で見られるようになってきている。都市の盛衰は、都市内外の経済圏、公共交通システムや道路網、人口移動、自治・ガバナンスのあり方、土着の文化やその継承など、複雑な要素が絡み合った小さな原因結果の作用の集積として現れる。生態系(エコシステム)という概念も同様に、物事のあり様を、多くの部分がネットワークの一部として作用しあう体系として把握することにさまざまな現象の理解の要諦がある。
2017年に筆者らが受けた我らがマイケルの研修では、従来の評価アプローチでは評価しにくく、評価の重要性が高まっている分野として、次が紹介された[4]。
- 地域発の試み、地域全般への影響
- 環境の持続可能性に関する事業
- ネットワークや協働のあり方
- リーダーシップ
- 包摂、多様性を生かす試み
- コレクティブ・インパクト
- スケールアップ
【DEの世界観は21世紀の世界観(1)~複雑系の世界へようこそ】で言及したように、評価の世界においても、20世紀の世界観がドミナントな時代においては、世界の「複雑A / 煩雑/ complicated」の理解を前提にしていた。そこでは、評価によって因果関係を説明する(こうすればこうなる)ことや、事業の成功の程度やその原因を言い当てることが評価に期待された。ロジックモデルは単線的な因果関係の仮説検証のツールとして使われた。
マイケルの研修に限らず、評価実践者や評価研究者の間では、20世紀の世界観では現実はうまく評価できないという気づきが生まれていた。DE(発展的評価)は、複雑系の世界観を基にすると、世界がどのように立ち現れるのか、そこで評価はいかに変わらなければならないのかを示すこととなったのだ。
[2] Santa Fe Institute(https://www.santafe.edu)
[3] https://www.santafe.edu/news-center/news/death-system-collapse
[4] Michael Quinn Patton, “Developmental Evaluation: Systems Thinking and Complexity Science.” TEI (The Evaluators Institute)研修教材より(2017.7.19-20 ワシントンDC)
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