今田 克司

「いかに変化は起こりうるのか」。その答えが複雑系理論やシステム思考を基礎に置くことから始まるのだとしたら、DEはとてつもなく有用な考え方やアプローチを提供してくれる

 How Change Happens? ―― グローバルに活動を展開するNGOが、長年問い続けてきた設問だ。「いかに変化は起こりうるのか」。その答えが少しでもわかれば、平和で公正な社会、もっと平等で一人一人の人権や尊厳が守られる社会へと、世界の舵取りをNGOは主導することができるはずだ。NGOは、そういった思いで、教育、保健などの社会政策を中心に途上国の現場でサービスを提供し、政府に政策提言を行い、国連などの国際機関で各国政府をしばる国際合意を提案してきた。最近では気候変動に見られるような環境分野、タックスヘイブンを取り締まる経済分野でも、活発にグローバルの舞台で活動している。

 そのようなNGOにとって、「変化が起こる虎の巻」みたいなものがあればこれに勝るものはない。対政府や国際社会でアドボカシー活動はやっているが、政府やグローバル企業に比べて潤沢な資金があるわけではないNGOが、自分たちの資源を効率的に使って変化をもたらす術を探しているのは至極当然のことだ。

 国際NGO、オックスファムのDuncan Greenは、頻繁にブログでこういった問題意識を発信しているが[1]、彼の著作のタイトルはまさに、How Change Happens[2]。その第1章は「システム思考がすべてを変える」である。

 21世紀の世界観においては、原因→結果の因果関係が特定しにくいと述べた(【DEの世界観は21世紀の世界観(1)~複雑系の世界へようこそ】参照)。同時に、複雑系理論においては、人間の社会に限らず、アリの生態系、脳のニューロンのつながり方などに一定の普遍的なパターンが見られるという(【“21世紀の世界観で評価する“とは】参照)。これらの探究が進んでいるのがネットワーク理論だ。ネットワークにおける普遍的なパターンの解明については、複雑系理論のなかでも最も研究が進んでいる分野のひとつだろう。紹介したPower Law分布(【複雑系理論の評価への応用】参照)は、そういった普遍的パターンの一例といえる。

 ネットワーク理論は、物事が普及することを読み解く理論体系のパラダイム・シフトを起こしているという[3]。ビジネスやマーケティングの分野で、多くが社会のなかでの新しいアイデアや商品がいかに普及するのか、さまざまな仮説を打ち立ててきた。そのほとんどは、閾値モデル( threshold model )と呼ばれるものだ。物事の伝播力と閾値を2つの変数としてモデルを組み立てる。前者は物事自体の伝える力、後者はそこを超えると物事の伝播が急速に進むという臨界点のことだ。

 ところが、ネットワーク理論が発展し、Power Law分布の考え方が定着すると、伝染病やコンピュータウィルスの伝染パターンの研究を足がかりに、問題はハブの存在であるという考えにいたる。そこでは閾値という概念が消滅するという。旧来のパラダイムが崩れる。マルコム・グラッドウエルが『ティッピング・ポイント』の中で「コネクター」と紹介した人々がまさにこのハブの役割を示すものとなる[4]。「いかに変化は起こりうるのか」の考え方が、ネットワーク理論によって躍進的に進化しつつあるのが見て取れる。

 面白い。けれど、この文章は複雑系理論の紹介でもないし(筆者はその専門家でもない)、NGOがいかに効果的に動くべきかの指南でもない(筆者の経験知は、こちらとは親和性があるが)。評価、しかもDE(発展的評価)についての文章である。筆者が強調したいのは、How Change Happens を考えるとき、DEはとてつもなく有用な考え方やアプローチを提供してくれる、ということだ。

 どういうことか。そのヒントは、すでに【ソーシャル・イノベーション支援としてのDE】で述べた、我らがマイケルの「あなたが今知らないことで、もし知っていたら、あなたが今行っていることと違った決断や異なる行動をとる情報は何ですか?」に示されている。DEは、従来の評価の枠を超え、目の前で起こりつつある、あるいは起こるかもしれない変化に対し、意思決定者が的確な決断を出せるように支援するものなのだ。「それって評価なんですか?」と、伴走評価エキスパート研修でも疑問が出た。確かに、それは私たちが普段考える評価とは様相を異にするものだ。

 前述のDuncan Greenも、物事の予測が難しくなっている時代においては、NGOの実践家はシステム思考をもとにした次のような姿勢を身につけなければならないと説く。彼の論考には評価の文字は登場しないし、DEの論文や著作も参考文献には載っていない。けれど「次のような姿勢」で出てくる項目は、驚くほど「DE的」である。

  • 柔軟であれ
  • 素早く、継続的なフィードバックを求めよ
  • 複数の実験を並行して実行せよ
  • やりながら(失敗しながら)学べ
  • 自らの経験則を見える化し、それについて話し合う機会をもとう
  • 異なる関係者を集め、関係構築に努めよ[5]

 未来志向のNGO実践家とDE評価者は同じような思考形態をもちつつある。だからこそ、NGO実践家をソーシャル・イノベーターと捉え、支援するのがDE評価者の役割となるのだ。

[1] https://oxfamblogs.org/fp2p/
[2] Duncan Green, How Change Happens, 2016, Oxford University Press.
[3] Albert-Laszlo Barabasi, Linked, 2002, A Plume Book, pp.131-135.
[4] マルコム・グラッドウェル『ティッピング・ポイント―いかにして「小さな変化」が「大きな変化」を生み出すか』2000年、飛鳥新社
[5] Duncan Green, How Change Happens, 2016, Oxford University Press, pp.20-22.